富士山測候所「カンテラ日誌」が廃棄された 悲しいニュースです せめて単行本「カンテラ日記」を復刻できないものか
富士山測候所の職員が毎日の出来事や感想をつづった「カンテラ日誌」が廃棄されていたそうです。少し前の毎日新聞が報じていました。
行政文書がどんどん増え膨大になる中で、私文書の「カンテラ日誌」を処分した東京管区気象台の判断は間違っていないし非難するつもりもないけれど、残念で悲しいです。
「カンテラ日誌」のうち1937年から無人化される2004年までは、ほぼ完全に残っていたといいます。
僕が「カンテラ日誌」を読むことができるのは、1985年に発行された児童書「カンテラ日記 富士山測候所の五〇年」に記載された抜粋です。
・ カンテラ日記 富士山測候所の五〇年/中島 博/筑摩書房(ちくま少年図書館90 社会の本)
測候所の職員は、科学的に観て考える素養を持った人達で、彼らがつづった日誌は、シンプルだけど惹きつけられます。
1945年8月15日 終戦の日の記述もあります。
われら一億同胞の永遠に銘肝すべき日なり。山頂勤務者一同慟哭せり。
カンテラ日記 P83
無くなってしまったものは戻らないけれど、せめて今は絶版の「カンテラ日記」だけでも復刻できないか。
関連エントリー
・ カンテラ日記/中島 博 2018.09.07
・ 「カンテラ日記」を手に入れました 2021.07.01
富士山測候所 日誌を廃棄 68年間つづった貴重な40冊 気象庁富士山測候所の職員が68年間つづった40冊以上の「カンテラ日誌」が所在不明になっていた問題で、同測候所を管轄した東京管区気象台は毎日新聞の取材に、昨年11月以降に「文書整理の一環」で廃棄していたことを明らかにした。気象観測のほか、眼下の空襲など太平洋戦争も記録した貴重な資料が失われた。閲覧したことがある気象専門家らは「職員が見たまま感じたままを率直に記した第一級の歴史資料だった。機械的に捨てるなんて」と批判している。
同気象台総務課によると、日誌は昨年11月までは倉庫にあったが、他の行政文書と一緒に溶解処分したという。取材に対し同課担当者は「毎日の出来事や感想を個人的に書き留めたもの。職務ではなく、行政文書に当たらない。庁舎内のスペースは有限で、必要ないものを無尽蔵に保管できない」と説明した。
日誌は、測候所が山頂(3776メートル)に移転した1936年から無人化された2004年まで書き継がれ、その後の大半は東京都内の同気象台に保管されていた。毎日新聞は今年1月、情報公開法に基づく開示請求で「不存在」の通知を受け、取材で「庁舎内にない。これ以上分からない」と説明された。3月の報道後、廃棄が分かったという。
日誌は一部が一般書籍や気象庁発行の冊子、研究論文などに引用されている。観測奮闘記のほか、戦時中は南から飛来する米爆撃機B29の編隊や、空襲に遭った街が赤々と燃える様子を描写。「中都市が攻撃を受け、毎晩一つ、二つと焼土となる。これが戦争の現実」などと記していた。
2018/08/10/毎日新聞
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