ネットvs.リアルの衝突/佐々木俊尚
2004年5月にウィニー2(Winny)の作者が、著作権侵害行為を幇助した疑いで逮捕された時、これが裁判になれば裁判官はどういった判断をするのか、興味がありました。
「幇助」に対して誰もが思ったことだろうけど、自動車や包丁は凶器に成り得るし、電話だって犯罪に利用されることがあります。けれども自動車や包丁や電話を作ったメーカーは、その行為を「幇助」したとは一般に考え難いよな。というようなことを思っていました。
僕自身はウィニー2をインストールしたことも使ったこともないので実感がわかないけれど、末端のPCを直接結びデータのやり取りをする仕組は、正にインターネット的だし、それを可能にしているソフトは優れた利便性を提供するんだろうと思います。
でも、一方でウィニー2が、デジタル化された著作物の交換を容易にし、それが不特定多数で大規模に行われ、著作権者に損害を与えているとすれば、それはそれで問題があるなとも思ったりもしました。
僕自身はどう軸足を置いたらいいのかわからなかったので、現実社会でオーソライズされた判断をする裁判官が、どう解釈し結論を出すのかに興味を持ちました。
「ネットvs.リアルの衝突」では、ウィニーに関わる一連の騒動を半分以上のページを割いて取り上げています。丹念に取材がされ書かれているので、この事件の流れをつかむのに役に立つかもしれません。
残りのページは、OSの標準化、オープンソース、IPアドレスやドメインの管理、デジタル家電、そしてWeb2.0など、これまでPCやインターネットの世界で起こってきたことや起こりつつあることが述べられます。
筆者は、現実社会とインターネット社会の考え方の違い、そして対立といった視点から、この本全体をまとめているように思います。
中心を持たない分散され、様々なものを共有し発展してきたインターネット社会が、利用者が増え現実社会のインフラの一部になりつつある時、確かに現実社会の制度設計の中で暮らしている僕らと、様々な場面で軋轢が生じているのでしょう。
ウィニーに関する裁判もそのひとつなんだと思います。
この本が脱稿されたのが2006年10月16日で、当然、12月13日の判決については書かれていません。
下にasahi.comに掲載された判決理由をの要旨を引用しました。
現実世界の京都地裁の判断は、なんともおじさん的というか、おじさんの僕にはなんとなくですが理解できるような判決です。
自動車も包丁も電話もウィニーもそれ自体は、価値は中立で幇助に当たらない。でも、どのような意図で開発され、実際にどのように使われているかで、幇助かそうでないか判断すべきだ。て、ことでしょうか。
まだ、地裁の判断だからこれから上級審の判断はどうなるのだろう。
この本の最後の「どうやってわれわれは生きていけばいいのか?」の項に、小飼弾さんというプログラマーが答えています。
「もし技術に毒があるとして、でもその技術が後世へと残っていくとしたら、その毒は弱毒化されいるからだ」「結局、結論としてはさほど面白くないものになってしまうんだよね。でもわれわれは、そうやって弱毒化した毒に慣れる以外に、毒とのつきあい方を知らないんだから」
なんかこれって、今までヒトが病原性の高いウイルスや細菌などと、お互いにどこかで折り合いをつけて生き延びてきたのと似ていないかなあ。
ネットvs.リアルの衝突 - 誰がウェブ2.0を制するか
佐々木俊尚/文春文庫/2006
・ 書籍の紹介一覧 B0045
「ウィニー」裁判、判決要旨
ファイル交換ソフト「ウィニー」の開発・公開をめぐる刑事裁判で、京都地裁が13日、開発者を有罪とした判決理由の要旨は以下の通り。
●被告の行為と認識
弁護人らは、被告の行為は(著作権法違反の)正犯の客観的な助長行為となっていないと主張する。しかし、被告が開発、公開したウィニー2が、実行行為の手段を提供して、ウィニーの機能として匿名性があることで精神的にも容易ならしめた客観的側面は明らかに認められる。
ウィニー2は、それ自体はセンターサーバーを必要としない技術の一つとしてさまざまな分野に応用可能で有意義なものだ。技術自体は価値中立的であり、価値中立的な技術を提供することが犯罪行為となりかねないような、無限定な幇助(ほうじょ)犯の成立範囲の拡大も妥当でない。
結局、外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、提供する際の主観的態様によると解するべきである。
被告の捜査段階における供述や姉とのメールの内容、匿名のサイトでウィニーを公開していたことからすれば、違法なファイルのやりとりをしないような注意書きを付記していたことなどを考慮しても、被告は、ウィニーが一般の人に広がることを重視し、著作権を侵害する態様で広く利用されている現状を十分認識しながら認容した。
そうした利用が広がることで既存とは異なるビジネスモデルが生まれることも期待し、ウィニーを開発、公開しており、公然と行えることでもないとの意識も有していた。
そして、ウィニー2がウィニー1との互換性がないとしても、ウィニー2には、ほぼ同等のファイル共有機能があることなどからすれば、本件で問題とされている03年9月ごろにおいても同様の認識をして、ウィニー2の開発、公開を行っていたと認められる。
ただし、ウィニーによって著作権侵害がネット上に蔓延(まんえん)すること自体を積極的に企図したとまでは認められない。
なお、被告は公判廷でウィニーの開発、公開は技術的検証などを目指したものである旨供述し、プログラマーとしての経歴や、ウィニー2の開発を開始する際の「2ちゃんねる」への書き込み内容などからすれば、供述はその部分では信用できるが、すでに認定した被告の主観的態様と両立しうるもので、上記認定を覆すものではない。
●幇助の成否
ネット上でウィニーなどを利用してやりとりされるファイルのうち、かなりの部分が著作権の対象となり、こうしたファイル共有ソフトが著作権を侵害する態様で広く利用されている。
ウィニーが著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ、広く利用されていたという現実の利用状況の下、被告は、新しいビジネスモデルが生まれることも期待し、ウィニーが上記のような態様で利用されることを認容しながら、ウィニーの最新版をホームページに公開して不特定多数の者が入手できるようにしたと認められる。
これらを利用して正犯者が匿名性に優れたファイル共有ソフトであると認識したことを一つの契機とし、公衆送信権侵害の各実行行為に及んだことが認められるのであるから、被告がソフトを公開して不特定多数の者が入手できるよう提供した行為は幇助犯を構成すると評価できる。
●量刑の理由
被告は、ウィニーを開発、公開することで、これを利用する者の多くが著作権者の承諾を得ないで著作物ファイルのやりとりをし、著作権者の有する利益を侵害するであろうことを明確に認識、認容していたにもかかわらず、ウィニーの公開、提供を継続していた。
このような被告の行為は、自己の行為によって社会に生じる弊害を十分知りつつも、その弊害を顧みることなく、あえて自己の欲するまま行為に及んだもので、独善的かつ無責任な態度といえ、非難は免れない。
また、正犯者らが著作権法違反の本件各実行行為に及ぶ際、ウィニーが、重要かつ不可欠な役割を果たした▽ウィニーネットワークにデータが流出すれば回収なども著しく困難▽ウィニーの利用者が相当多数いること、などからすれば、被告のウィニー公開、提供という行為が、本件の各著作権者が有する公衆送信権に与えた影響の程度も相当大きく、正犯者らの行為によって生じた結果に対する被告の寄与の程度も決して少ないものではない。もっとも被告はウィニーの公開、提供を行う際に、ネット上における著作物のやりとりに関して、著作権侵害の状態をことさら生じさせることを企図していたわけではない。著作権制度が維持されるためにはネット上における新たなビジネスモデルを構築する必要性、可能性があることを技術者の立場として視野に入れながら、自己のプログラマーとしての新しい技術の開発という目的も持ちつつ、ウィニーの開発、公開を行っていたという側面もある。
被告は、本件によって何らかの経済的利益を得ようとしていたものではなく、実際、ウィニーによって直接経済的利益を得たとも認められないこと、何らの前科もないことなど、被告に有利な事情もある。
以上、被告にとって有利、不利な事情を総合的に考慮して、罰金刑に処するのが相当だ。
2006/12/13/朝日新聞
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