鳥類学者のファンタジア/奥泉 光
「鳥類学者のファンタジア」を読み始めて、まず気がつくのは、奥泉 光の独特な文体です。
たとえば、この物語の冒頭部分を下に引用します。
柱の陰に熱心な聴き手がいる。
あるとき、まるで客の入らないジャズクラブに出演したエリック・ドルフィーは、腐っているバンドのメンバーにそのように諭して演奏をはじめたそうで、さすがはわが畏敬するドルフィー先生、いいことをいうものだと感心したわたしは、その話を聞いてからというもの、客の入りに関係なく、「柱の陰の聴き手」を想像しながら演奏するのが癖になっているのだけど、この日の「ナルディス」は、週のまんなか水曜日、しかも午過ぎから鬱陶しい雨が降り続いたせいか、七時三〇分に最初のセットをはじめた時点では、客はたったのふたり、それも「身内」、つまりわたしの「愛弟子」である佐和子ちゃんと、彼女の友達のふたりきりというわけで、「柱の陰の聴き手」への期待はいやがうえにも高まらざるをえなかった。(12ページ)
この句点までが長い文章、普通は読みづらいものなんだけど、すんなりと僕は入り込めて、読み始めてしばらくの間、何故だろうと不思議に感じていました。
そして、思ったのはこの文体は、ジャズのフレーズなんだということ。
癖になります。
「鳥類学者のファンタジア」は、ジャズピアニストのフォギーこと希梨子、彼女とひとまわり年齢が下の好奇心旺盛でタフで行動力のある佐和子が、「柱の陰の聴き手」霧子の1944年の終戦間際のドイツでの物語に関わる時空を越えたファンタジーです。
霧子の抑圧された思いを、フォギーと佐和子が破天荒なストーリー展開の中で解放する、そしてそれはなによりフォギー自身の立ち位置の確信につながっていく、素敵に物語が展開します。
また、オプションとして用意された最終章は、ジャズファンにとってゾクゾクするような話です。
霧子と別れたフォギーと佐和子は、米軍(その時点でドイツは敗戦している)によりニューヨークに連行されます。
ミントンズ・プレイハウスへ、もしかして出演しているかもしれないチャーリー・パーカーを聴きに行くのです。
そこで、セロニアス・モンク、マックス・ローチ、カーリー・ラッセル、ファッツ・ナバロ、ソニー・ステット、マイルス・デイビスのセッションを聴くことになるのです。凄い そればかりか、フォギーが飛び入りで参加し、「チュニジアの夜」を・・・
その演奏を聴いたパーカーは、'But not so bad.’と言うところなんか、まさにファンタージーです。
最後に奥泉 光は、フォギーにジャズを語らせます。
なにかを求めながら、なにも得ることができず、なにかを持っていると思っていたのに、なにもかもを失っていた気づいたとき、失意の底の底にあって、絶望の淵にあって、でも、柱の陰から聴こえてくる音楽を耳にすれば、心にほのかな明かりが灯って、これさえあればなんとかなるんじゃないのか、やっていけるんじゃないのかと、かすかな勇気が出てくるような音楽。それがジャズだ。(744ページ)
そして、フォギーは彼女のフィールドである「ナルディス」へ戻って行く。
そうだよなって、僕も思います。
鳥類学者のファンタジア
奥泉 光/集英社(集英社文庫)/2004
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